姿勢が悪いから情緒に敏感になる

記録を趣味にしていきます。自我をつくろう。

近況

f:id:nobujo:20151220215016j:plain

ツイッターで社会人の悩み愚痴を見ていると、彼ら彼女らが少しでも楽になるように祈らずにはいられない。辛さを出す人は実際辛いんだろうし、出さない人もどこかで戦ってるんだろうと思うと思うと頭を向けて眠れない。どうか生き延びて欲しい。

英語の勉強をしてる。なんで始めたかっていうと言ってしまえば暇つぶしの一環で、就職に有利!とか国際社会に飛び込もう!とかないこともないけど、ゲーム読書映画ドラマ、の次くらいに楽しそうという理由ではじめた。メインはTOEICの攻略です。

単語はそこそこ頭に入ってるが文法はテキトーなので死にゲーの様相。模擬試験ではちょうど平均点のスコア520で少し感動した。ゲームプレイヤーとして一番楽しめる能力値だろう。とりあえず次の試験で600点を目指す。

かっこいものには毎日触れてるけど次の日には忘れてる。かっこいいから忘れるのか、音楽や映画もそこそこ楽しんでるけどどうも芯をくってない気がする。やはり心に焦りがあるからかもしれないね。南無南無である。

川上未映子の『あこがれ』は読んでいて終わってほしくない久しぶりの良本だった。装丁がマカロンみたいで自分の本棚の中で浮きまくってるけど隣に綿矢りさ西加奈子を置くことでグラデーションをつける。激情ってあるじゃないですか。喜怒哀楽のなかでもやっぱりそれは怒ですよね。自分としては噴火するみたいに怒ることってほんとなくて、地熱発電みたいにじわーっと怒ることが多いのでこの小説のなかである人物がブワーッと感情を爆発させていくのを読んだ時にあぁこういうことなんだって思いました。加減のきかない怒りって自己否定をガソリンにどこまでもどこまでも暴走するけど人間は「泣く」という行為というか反応で客観視を引き出したり、脳みそをストップさせるのかなーと思いました。現代では「泣く」=「言い表せない感動」と言い換えられている節があるけど、感動って言葉に出来ないから感動だったりするんですかね。

学生のころから思ってたけど自分文章をまとめる能力を鍛えたほうがいいね。ちょっと自分で読み返して心配になるくらい構成がひどいですね。